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NIEアラカルト

  asahi.com(現朝日新聞デジタル)のNIEページで、1998年4月から1999年3月まで執筆し連載したNIEアラカルトを掲載しました。現代のNIEにも通じることがあると考え載せました。

朝刊

NIEはドラえもん


 NIEは1955年、米国アイオワ州で始まったとされています。私は1954年の生まれですから、ほぼ私の歴史とNIEの歴史が重なっていることになります。
 87年、6年生を担任していた時です。テレビ朝日が朝放送している 「やじうまワイド」の前身「やじうま新聞」で、その日の朝刊を読み比べていました。テレビで新聞を紹介することの面白さに、すぐ、「教室でやじうま新聞」という学習をしました。新聞を丸ごと教室に持ち込み学習が進められるNIEの第一歩でした。
  そのころから、新聞界の方々と諸外国のNIEを見てきました。学校と新聞社や新聞協会を訪ねたのです。米国(3度)、スウェーデン、ノルウェー、英国、韓国の国々です。また、環境教育を見るために訪れたオーストラリアでも、NIEに触れることができました。これらの国々のNIEの特徴の一部は、

 

  ●Discussion(話し合い)
  ●Oneself(自分で)
  ●Research(調査)
  ●Appeal(関心を引く)
  ●Earth(地球)もしくはElectronic(電子の)
  ●Map(地図)
  ●Open(学校の公開性)
  ●Note(書き留める)

 

で、これらの英単語の頭文字をつないでみると、DORAEMONになります。
  また、新聞の特性を考えてみましょう。新聞はドラえもんの有名な道具にもなります。「タケコプター」で空から見ることができます。(上空から撮影した写真)、「どこでもドア」でどこへでも行けます(世界各地の話題)、「タイムマシン」で過去へ行けます(歴史的な話題)。 さらに「Family  Focus」(F・F)といって、欧米では、学校だけでなく家族ぐるみで行うNIE にも力がそそがれています。「ドラえもん」の作者、故藤子・F・不二雄さんのイニシャルはF・Fです(少しこじつけですが)。NIEもドラえもんのように、夢を与え続ける学習になってほしいと思います。
 私のNIEアラカルトの連載では、諸外国のNIEの実践と私の今までの実践を重ねあわせて話題を提供していく予定です。どうぞ、よろしくお願いいたします。
 

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スポーツも学習材に
  今から7,8年前、日本でもNIEが少しずつ行われるようになったころ、先生の中に、「最近の子どもたちは、スポーツ面とテレビ欄しか読まない」という方が結構いました。私なんかは、それだけでも読めばすごいと思っていました。子どもが関心あることから始めればNIEはきっと楽しいものになると、今でも確信しています。
 92年5月、ロサンゼルス郊外、私立パインクレスト小学校の4、5年生30人のNIE授業を見ました。ランダウ、アーバックふたりの女の先生が教えるティーム・ティーチングでした。子どもたちは、その日の「デーリーニューズ」の朝刊をふたりに1部と、学習シートを持っていました。学習シートには、その日学習する内容の具体的な発問とその答えを書く欄がありました。
 今では、野茂選手で、日本でもかなり知られるようになった大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースを通しての米国地理の学習が始まりました。黒板には、米国の地図がかかっています。その日のゲームは、ドジャース対ニューヨーク・メッツでした。「今晩のドジャースの対戦相手のチーム名、所在地、州の名前は?」「日曜日の対戦相手のチーム名、所在地、州の名前は?」との発問に、子どもたちは、黒板にかかっている米国の地図で場所を示しながら、答えていました。
 そして、新聞のスポーツ面の「スコアボード」のページを使って、「ニューヨーク・メッツより西にあるナショナルリーグの2つのチームは?」「ニューヨーク・メッツより北にあるアメリカンリーグ東地区のチームは?」などと発間が続き、ひとりの先生が個別に指導しながら、子どもたちは楽しそうに答えていました。
 さらに、昨日の試合の記録から、ナショナルリーグ西地区の6つのチーム(当時)のヒット数の合計を計算させたりしていました。ドジャースの学習書は、この学校と一緒にNIEを進めている新聞社、デーリーニューズ社が作成したものです。

  今年の3月31日の「朝日新聞」のスポーツ面に、「大リーグ30球団の本拠地」という地図が載っていました。92年とは、大リーグの数も、地区もずいぶん変わっています。米国の子どもたちは、こんな地図を活用してNIEをしていくのでしよう。また、日本の子どもたちも、この地図を使って米国のことを学べることでしよう。
 92年8月、シドニーの公立マンリーベイル小学校、5、6年生の台同の教室には、バルセロナオリンピックの金・銀・銅メダルごとに、オーストラリアの入賞者の新聞写真がはってありました。子どもたちは、新聞のレイアウトを参考にして、自分たちの考えを表現していました。
 93年度、5年生で「Jリーグから社会を探ろう」という私の実践があります。93年5月に開幕したJリーグは、国際的なスポーツ、外国人選手の多民族化、地域に根ざしたチーム、キャラクター商品の爆発的な売り上げ、コマーシャルの変化、テレビ視聴率への影響、子ども・若者からの絶対的な人気など、社会を見る視点を提供してくれました。子どもたちと共に、「Jリーグの取材、紙面を通して新聞の読み方を考える」「グループでJリーグの研究テーマを設定し、調べる」という2つの課題に取り組みました。
 ここ数年Jリーグもやや人気がありませんでしたが、日本のワールドカップ・フランス大会への参加も決まり、活気づいてくるでしょう。そして、そのワールドカップ・フランス大会も、新聞各社がこれから特集ページを出していくし、試合経過も報道されていくことでしょう。国際理解教育の一つとして、私も4年生の子どもたちと一緒にNIEの学習としてワールドカップ・フランス大会を追っていく予定です。

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ガイドブックで新聞の読み方を
  欧米のNIEの現場を見ていくと、新聞社や新聞協会の努力が目に付きます。NIEは教育界と新聞界との協力的な運動ですから、その努力は当たり前のことです。
 NIE発祥の地米国では、新聞各社が独自な活動をしています。米国新聞協会は新聞各社へのアドバイスをしているという話を伺いました。教師のためのガイドブック、子どものためのガイドブック、家族でNIEを進めるファミリーフォーカスのためのガイドブックなど、実に多様なガイドブックを新聞社が発行しています。
 教育現場と新聞社をつなぐ役割をしている人をコーディネーターと言っていますが、コーディネーターの多くは女性で教師経験者でもあります。そのコーディネーターがかかわるガイドブックは、新聞界からの一方的なメッセージではなく、教育経験が生かされ、発問や課題、レイアウトなど実に楽しく工夫されています。米国のNIEでは、ガイドブックが大活躍です。
  95年9月、ノルウェー、オスロのカンペン初等学校8年生(日本の中学2年)30人の授業を見ました。このカンペン初等学校には、20ヶ国以上の移民の子弟が在籍していました。ヘクトエン先生による授業は、ノルウェー新聞発行者協会が作成した、子どもが書き込めるようになっているメディア教育のためのガイドブックを活用して進められました。
  1つの出来事でも違った書き方をしている2つの新聞記事を通して、読み比べの大切さを学んでいました。そして、新聞記事を読むことが、ノルウェー語の学習にもつながっていたのでした。
 韓国でもNIEへの関心が高まりつつあります。96年11月に訪れた時、新聞社の中央日報が熱心に取り組んでいました。日本のNIEも参考にしながら、独自にガイドブックを作成していました。
 これらの国々のNIEでは、ガイドブックで新聞の読み方を学習しているのです。メディアをどう活用するのか(批判も含めて)、いわゆるメディアリテラシーとしてNIEを捉えていると言えます。「魚を与えるのではなく、捕り方を」というような言葉が、国際貢献の考えとしてありますが、NIEも捕り方、つまり、読み方を学ぶものではないでしょうか。
 日本の現状はどうでしょう。新聞各社も日本新聞協会もガイドブック作成に力を入れてきたようです。朝日新聞社も、教師のために「ののちゃんのNIEガイド」、子どものために「新聞なるほど探検」(このホームページでも見ることができます)というガイドブックを作成しています。これからも新聞各社が独自にガイドブックを作成し、学校でも家庭でも活用され、新聞の読み方を学ぶことができれば、メディアリテラシーとしてのNIEに近づくことができるのではないでしょうか。

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重要な先生のテクニック
  ガイドブックが活躍する欧米のNIEは、ある程度マニュアル化されていますので、どの先生でも試みることが可能です。しかし、先生の個性的なテクニックにより、子どもたちが楽しそうに集中して取り組んでいるようすをいくつか見ることもできました。先生の個性的なテクニックとNIEの関係について考えてみます。
  1992年5月、米国メンフィスの公立ウッディール高校で、基礎学力を身に付けさせるための、補習クラス12名の授業を見ました。レイノルズ先生のNIE授業です。生徒たちはその日の新聞、コマーシャルアピールの朝刊をひとり1部とペンを持っていました。
 まず、先生は、黒板に「scratch」と書き、「8字でできている文字を探してペンで消しなさい」と指示を出して、生徒が作業したところで、「scratch」(かき消す)の意味を教えました。次に、かごの中に入っているアルファベットの文字を先生が1つずつ出して、見出しの中から、それらの文字が入っている単語を探して、印を付けさせていました。さらに、見出しの中から、主語・述語・形容詞を探す作業もしました。
   このような言語の基礎的な学習と共に、一面に載っていた千葉の話題を示したり、メンフィスのローカルニュースを話題にしたりして、新聞の記事にも注目させていました。これらの学習を見て、マニュアル化された学習というよりも、先生の個性が発揮され、ユニークさが生徒たちを引き付けていると感じました。また、基礎学力での補習に対して難しいと思われる新聞を使うことに注目しました。このことは、米国で進められている大人の識字教育に新聞が使われることと関連があります。退屈なテキストで文字について学ぶのではなく、現実の社会との関連において文字が学べるという生徒の自覚が学習の動機になっているのです。
  
 97年4月、やはり米国フィラデルフィア、公立フレッチャー中学校で、ガブーラ先生の授業を見ました。生徒はフィラデルフィア・インクワイラー 紙を1部ずつ持っていました。「今日の新聞から7つの大陸のニュースを探しなさい」という課題を8年生(日本の中学2年)の子どもたちに投げかけました。途中で、「AP、UPI、ロイターなどの通信社のクレジットがある記事を探すと見つかります」というヒントを出していました。国語(英語)が十分ではない子どもたちに「読み」という学習の中に、NIEを位置付けた 1つの試みです。読み方のヒントを与えると同時に、子どもの目を世界に向けている
のです。
 私のNIEの実践は、新聞の読み方を習得させることと、子どもの目を世界に向けることが中心です。新聞を開いた時、どんなことを「キャッチ」したらよいか、ヒントを出します。「見出し」「写真」「数字」「イラスト」「4コマ漫画」「テレビ欄」「広告」「新聞のまちがい」などです。そして、その「キャッチ」が世界のどこのことなのか、世界地図で探してみます。ヒントと世界地図、これらはNIEの1つのテクニックだと思っています。

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ディスカッションで自分の考えを
 欧米の教室や家庭でのNIEに触れると、子どもたちが自分の考えをはっきり言うことに気が付きます。新聞の話題をもとに積極的なディスカッションが行われています。今回は、NIEとディスカッションについて考えてみます。
 1995年3月、米国サンフランシスコの私立プレシディオ・ヒル小学校では、2年生14人のNIEを見ました。ジェプソン先生の「カレント・イベント」と呼ばれる時事問題を扱った学習です。子どもたちが前日までに、家で購読している新聞から記事を選択し、親子で話し合うことを課題とし、その記事を切り抜いてきて、皆の前で発表するものです。
 教室の壁にはられていた記事は、サンフランシスコ、カリフォルニア、米国、世界、宇宙と多様です。ただし、殺人、交通事故、裁判といった話題はもってこない決まりがあります。低学年の子どもへの配慮が感じられます。
  この日は、足が大きすぎて合うスパイクがなく野球ができない子どもの話や中国のパンダの話がでました。子どもが発表するだけではなく、先生が「あなたはスパイクがなかったらどうする?」「なぜパンダが絶滅しそうなの?」と子どもたちに投げ返し、ディスカッションをしました。子どもたちは自分の意見をはっきりと述べていました。新聞の読み方を踏まえた時事問題の学習の中で、ディスカッションをし、小学校低学年の子どもでも確実に世界に目を向けているのです。
 その年、2年生を担任した私は、子どもたちに新聞の「写真」をキャッチさせるNIEに取り組みました。その過程で、例えば、「両目に接接着剤を付けられた子犬」の話題に、子どもがコメントを付けたものをもとにして、ディスカッションを試みました。
 また、97年7月、6年生が自主的に参加するサマースクール(神奈川県松田町にある学院の施設で3泊4日行う)で、私が担当するゼミでは、「朝日」「読売」「毎日」の3紙を活用したNIEの中でディスカッションをしました。例えば、「育てたまゆを死なせた先生」の行動をどう考えるか、真剣にディスカッションしていました。
 新聞はディスカッションの大きな助っ人です。

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テーマを探し調査活動へ
  これからの教育では、教わることから自ら学ぶことへの転換がひとつの課題です。以前から夏休みなどに行われてきた「自由研究」を、もっと学校の学習に位置づけ、調査活動を試みたらおもしろいと思います。今回は、NIEと調査活動について考えてみます。
 1995年9月、スウェーデン、ストックホルムの公立ヘルスコーラン小学校を訪ね、ハンセン先生の5年生19人の学習を見ました。世界地図が黒板にかかっています。まず、二人の子どもが、最近関心を持ったスウェーデンと世界のニュースを世界地図で場所を示しながら発表しました。一人はイランとスウェーデンの卓球の試合を、もう一人はフランスのユダヤ人居住区で起きた爆弾事件を取り上げていました。発表の決まりとして、自国と世界のニュースを取り上げることになっているようです。
 次に、子どもたち一人ひとり新聞を持ちました。最近の新聞から、関心を持ち、4、5週間かけて調べるテーマを探す活動に入りました。新聞の読み方が習得されているのか、一人ひとり自分なりの読み方をしていました。子どもたちが発表したテーマは、歌手のプレスリーの話題、エイズ問題、映画の暴力シーン、ボクシング選手フランク・ブルーノの話題、パルメ首相暗殺事件のなぞ、きのこの話題、フランスの核実験など。ハンセン先生が黒板に書き出したテーマは、25にもなりました。
 これから、子どもたちは、4、5週間かけて、他の新聞、テレビ、図書などを活用して自分のテーマを調べていきます。その結果をレポートとして提出し、教室に置いたり、他の先生に見てもらい興味を持った先生のクラスに招かれ発表したり、親を招いて発表会を持つということでした。
  私の学校には、5年生の社会科と理科の学習には「自由研究」があります。子ども一人ひとりがテーマを決めて、およそ6ヶ月、調査活動をしたり、表現の工夫をしたりします。社会科か理科の研究のどちらかを子どもが選択し、展示します。親や他学年の子どもたちが自由に見ることができます。
 96年度の社会科での「自由研究」では、「ニュースのまどから世界を見よう」「新聞の中の世界」「私達にとって新聞とは」のテーマを設定した子どもの活動はNIEそのものですが、多くの子どもも新聞を資料として活用していました。次のようなテーマがありました。
 「動物たちからのSOS~絶滅の危機を救え~」「O-157の実態をさぐる」「大統領と首相どっちがえらい」「カードとお金の社会」「あなたの前にある高齢化社会の扉 開けてみませんか?」「SOS 日本の食べ物があぶない」「地震―予知と災害」などなど。他のメディアの活用や自分の足を使っての取材で調査をし、いろいろな表現でまとめていました。
 子どもが主体的に取り組むNIEとして、「自由研究」を見直してみたいものです。

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1  ワールドカップ・フランス大会(1) 直前のドイツ超特急事故
 私のNIEアラカルトでは、諸外国のNIEと私の実践を重ねて話題を提供することでした。しかし、今世界中が、ワールドカップ・フランス大会の話題でいっぱいです。オリンピックやワールドカップなどの国際的なスポーツは、NIEが大きな活躍をする場でもあります。現在一緒に学習している4年生の子どもたちも、このワールドカップをきっかけにして新聞の読み方と国際理解について学んでいます。これから数回にわたり、その報告をします。
 ところで、フランスのとなりドイツで、6月3日、超特急が脱線する事故がありました。6月10日に開幕するワールドカップ・フランス大会に向けて、新聞に少しずつ注目していた子どもたちも、このニュースには驚きを持ってキャッチしました。この少し前、社会科で、交通安全について学習していますから、この事故についてしっかりと学んでほしいと思いました。それと同時に、このような事故の報道には不確かさがつきまとうことがあります。1989年10月17日に起こったサンフランシスコ大地震でも、在京6紙の10月19日朝刊の報道では、死者が270人ぐらいとされていましたが、「朝日新聞」89年11月24日朝刊によると、実際は61人でした(少ないことは幸いでしたが)。当時、5年生の子どもたちと、このサンフランシスコ大地震の報道の不確かさについて、NIEの学習として考えたことがあります。


  今回の超特急の事故の報道の仕方を4年生の子どもたちと次のように考えていきました。

 

◆最初に報道された6月4日の在京6紙朝刊で死者の人数が違うことです。
 6紙の一面を黒板に張ります。「朝日」70人、「読売」70人、「毎日」100人以上、「日経」80人、「産経」100人以上、「東京」70人という見出しの違いに、子どもたちは気が付きました。どこからこのような数字が出てきたのか、5人の子どもに紙面から探してもらい、みんなに教えてもらいました。「朝日」地元当局、「毎日」救援当局、「日経」州当局、「産経」ドイツ運輸省、「東京」現地の警察当局、「読売」は明記されていませんでした。6紙全部は追えませんでしたが、4日の夕刊では、「朝日」78人、「読売」100人超す、「毎日」120人、「日経」100人以上となっていました。

 

◆事故の死者が102人から98人に修正されました。
 この事故の犠牲者が一体何人なのか、数紙を追うことは4年生には混乱を起こすと考え、「朝日」で追うことにしました。5日朝刊92人、夕刊95人、6日朝刊96人、夕刊事故の記事なし、7日朝刊102人(日曜で夕刊なし)でした。ところが、8日朝刊には、「死者98人に修正」という記事がありました。これには、子どもたちもビックリ。どうしてこんなことが起こるのか、いろいろ予想をしてみましたが、「少なくなってよかった」という子どもの優しい声もありました。

 

◆事故の原因が最初の報道の見出しとは違っていたようです。
 4日朝刊の見出しでは、「朝日」転落の車と激突/ 橋脚破壊。「読売」橋から車転落、激突か。「毎日」車が線路に落下。とありますが、はっきりしないので、「朝日」で追ってみることにしました。4日夕刊「2分前不審な揺れ」、5日朝刊「5キロ手前に脱線の跡 車転落説を捜査当局否定 後続車にブレーキ?」、5日夕刊「車輪破損が原因有力」、6日朝刊「車両損傷浮上」、7日朝刊「カギ握る車輪構造」と見出しにあります。7日現在では、はっきり事故の原因は分かりませんが、いくつかの新聞社の最初の報道の見出しとは違っているようです。
 これらのことから、「新聞を比べること」「新聞を追いかけること」の大切さを、子どもたちと一緒に学びました。

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ワールドカップ・フランス大会(2)W杯国模様
  今、世界の子どもたちが、ワールドカップ・フランス大会の記事を切り抜いて、自分なりのスクラップ帳をつくっていると思います。どの国の子どもたちもスポーツには関心があります。関心のあることから社会に目が向けられれば、すばらしいことだと思います。世界の子どもたちのワールドカップスクラップ帳を集めてみたら、新しい子どもの姿が発見できるでしょう。ぜひ、見てみたいものです。
 一緒に学習している4年生の子どもたちにも、新聞を通して世界に目を向けてほしいなと思っています。そんな試みを報告します。
 「朝日新聞」5月22日から31日まで朝刊に連載された「W杯国模様」は、サッカーを通してその国の文化や社会の一部分を紹介しています。ブラジル、南アフリカ、韓国、イングランド、フランス、米国、イラン、ドイツの8回です。
 1回目のブラジルの最後に、「サッカーはその国の風土、文化、社会、民族、あらゆるものから形作られ、そのスタイルはそれぞれの特徴をはっきりと映し出す。」とあります。このことは、Jリーグ誕生以来、サッカーを通して国際理解を図ろうとしている私の基本的な考え方です。
 しかし、連載の文章は、4年生の子どもたちが読めるものではありません。私のNIEは「楽しいこと」がモットーです。ですから、子どもが自分で読むのではなく、私が読むのを聞いてもらいました。聞いていても子どもたちには難しいことばや専門用語がたくさん出てきます。「国模様」を理解するキーワードになるようなことばや専門用語は、易しいことばや解説にして、子どもに返しました。1回目のブラジルでは、「クラブ」「貧富の差」「放映権料」「スカウト」「無尽蔵」などでした。読む前に、その国の位置を地球儀で示しました。その国にちょっと関心をもつことが国際理解の第一歩だと思います。
  ワールドカップ開幕を報道する「朝日新聞」6月11日の朝刊を一人一部ずつもって、学習が始まりました。新聞を丸ごと活用するNIEの基本的なスタイルの始まりです。この日の「読売」と「毎日」の一面トップの見出しは「W杯キックオフ」です。しかし、「朝日」の見出しは「W杯ツアー、6000人分中止」です。ブラジルとスコットランドの開幕戦の盛り上がりから、世界に目を向けさせようとの目論見ははずれました。
 話題は、なぜチケットが手に入らなかったかになりました。一面に載っている「W杯チケットの流れ」の図を見ながら、まだよく分からない原因を探ってみました。もちろん分かりません。前回紹介した、ドイツ超特急の事故原因を追いかけたように、今回の原因も追いかけることが必要になりました。
 なぜチケットが入らなかったのかの追っかけは、とても大切な学習になりました。連載「W杯国模様」は、8番目のドイツで終わりましたが、子どもたちは、9番目の国、日本の「W杯国模様」を学ぶことができたのです。

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ワールドカップ・フランス大会(3) クロアチア・ボバン選手
  私がNIEで大切にしていることは、新聞の読み方を通して身近なことや広い世界のことに関心を持ち続けてほしいことです。ノーベル平和賞を受賞した、故マザー・テレサは、「愛」の対極にあるのは、憎しみではなく「無関心」としています。子どもたちがいろいろなことに関心を持ち続けることの1つの方法として、NIEをしているのです。
 特にこれからは、自分の国も世界の国々のことにも関心を持ち、自国を誇り国際的な視野で行動できる人間が求められるでしょう。このことを考えさせる記事が、6月20日付の朝日新聞の朝刊「’98W杯夢舞台 クロアチア・ボバン」でした。今回は、この話題について報告します。
 4年生の子どもたちは、出場32カ国を自分で描いた世界地図に書き込んだり、32カ国の選手の写真を集めたり、継続して新聞から世界に目を向けています。そのような学習の中での切り抜きの活用です。
 「クロアチア・ボバン」の記事を印刷したものを4年生の子ども一人ひとりに配りました。クロアチア対日本の数日前に、クロアチアの主将ボバン選手が左足を負傷しました。そのことを日本のマスコミの一部で、うれしがっているように報道していたことを子どもたちも結構知っていました。
 都内の女子高生が朝日新聞社に次のようなファックスを送ったことを報道する記事を子どもたちが読むことから始まりました。「ボバン選手の愛国心には、いつも圧倒されています。テレビのスポーツコーナーやスポーツ新聞では、出場絶望がすごくうれしいニュースのように報道されていて、憤りを感じました」
 ボバン選手が警察官に立ち向かっていった、90年5月13日のできごとに話が進んでいきます。クロアチアが旧ユーゴからの独立の機運が高まっていたころ、クロアチアとユーゴの民族を代表するチームの試合でのこと。観客席でユーゴのチームを応援に来ていたセルビア人がいすをこわして、クロアチア人を襲いました。警察官はセルビア人と一緒になって、クロアチア人に暴行を加え、グランドでプレーしていたボバン選手は、クロアチア人を助けようとして、警察官に飛びかかっていったのです。
 この場面は、6月21日のTBS「サンデーモーニング」で放送され、録画したものを子どもと一緒に観ました。
 このできごとによりボバン選手は、旧ユーゴのサッカー協会から、半年間出場停止処分を受け、W杯イタリア大会に出場することができませんでした。
 その後、クロアチアは、91年6月に旧ユーゴから独立を宣言し、内戦状態を経て、国家が誕生しました。しかし、W杯米国大会の予選には出場できませんでした。
 旧ユーゴの民族と宗教の紛争は、4年生の子どもたちに分かるはずがありません。私も十分理解していません。けれども、女子高生からのファックスの続き「ボバンは世界中で一番、自分の国の代表としてワールドカップに出場することを誇りに思っている選手だと、私は思います。彼のような選手に対して、欠場を喜ぶような報道は失礼です」という文章には、クラスの多くの子どもたちがうなずいていました。
 「今夜対戦する日本にこんな少女がいることを、ボバン選手に伝えてみたい」と、最後に田中基之記者は書いています。ボバン選手からどんな応えがあったか、田中記者に聞いてみようと、4年生の子どもたちは計画を立てています。

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ワールドカップ・フランス大会(4)フランス日記
 「朝日新聞」朝刊のスポーツ面に、毎日ではありませんが連載されていた「フランス日記」はとてもおもしろかったです。記者やカメラマンが、取材のようすや異文化の紹介をしていました。新聞の読み方と国際理解をワールドカップから学習しようとしている4年生の子どもたちにとって、適切な学習材になりました。今回はそんな報告です。
 7月2日までの「フランス日記」から、子どもたちが関心をもちそうな10の記事を、B4の大きさの紙2枚に印刷したものを一人ひとりに配りました。
 まず、見出しから関心をもったものを挙げてもらいました。
 「神父もおごそかに大会を応援」(6.23)、「『カワサキ』『ソバ』って、だれ?」(6.20)、「行きはよいよい、帰りは……」(6.16)「ダフ屋にタフな日本人も」(7.2)、「カメラ持ち込みもひと苦労」(6.17)でした。 
 「神父もおごそかに大会を応援」を挙げたのは、カトリック校らしさの表れです。「行きはよいよい、帰りは……」は、子どもにとってなじみのある言葉です。「ダフ屋にタフな日本人も」は、シャレっぽい感じがします。この記事を書いた田中基之記者は、前に学習した「クロアチア・ボバン」(前回紹介しました)を書いた人だと子どもたちは気がつきました。
 自分が一番関心をもった見出しの記事を読んでみました。「フランス日記」の文章は簡潔で易しく書かれています。4年生の子どもたちも難しい漢字や言葉の意味はとばしながら、なんとか読み進めていました。どうしても気になる漢字や言葉の意味は、私が教えました。
 次に、それ以外の記事も読んでみました。読んでいて分からないことは、私に聞いたり、友達どうしで教えあったりしました。10の記事をおよそ読んだところで、一番おもしろかった「フランス日記大賞」を決めることになりました。
 半数の20名が選んだのが「大衆紙に振り回された」でした。パリの大衆紙のマルセイユ発の記事として、「港のレストランではエメ・ジャッケ(フランスの監督)の名前の定食がある」「ジダン(フランス)というシャーベットが売られている」「ロナウド(ブラジル)という名のカクテルが出来た」と町のようすを書いていて、記者がマルセイユで3時間近くレストランを探したが、そんな店がなかったというものです。この記事は、見出しでは子どもたちが関心を示さなかったものでした。
 12名が選んだのが、見出しで関心をもった「『カワサキ』『ソバ』って、だれ?」でした。日本対アルゼンチン戦、フランスのテレビ局の再放送を記者が見ていたら、川口を「カワサキ」、相馬を「ソバ」「スモウ」「ソーナ」と呼んでいる。カワサキは二輪車メーカーで知られ、ソーナはフランス語でサウナぶろのことで、外国語を発音の似ているなじみの単語で覚えることから起こったことの記事でした。
 4年生の子どもたちは、簡潔で易しい文章を読みながら、記者の苦労や異文化について、少しだけ感じ取ることができたでしょう。
●子どもたちが追いかけている2つのできごとについての報告
 【ドイツ超特急事故】 6月24日の朝日新聞朝刊に、「ドイツ列車事故 鉄道社長を告発」という記事がありました。死者は100人になっていました。
 【ワールドカップ入場券事件】 6月21日の朝日新聞朝刊に、「チケット狂騒」の見出しで、「今回の入場券詐欺事件の発端は、フランスの業者が、入場券を持ってもいないのに日本の旅行会社にチッケトを融通すると約束したことだ」「なぜ、日本の旅行会社が『裏』を頼り、だまされたのか。なぞ解きは、現在フランスの捜査当局が進めている」とあります。
 これからも、2つのできごとを、子どもたちと追いかけるつもりです。

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世論調査も惨敗?
  ワールドカップ・フランス大会決勝、フランス対ブラジルの試合結果を報道した7月13日の夕刊を14日、子どもたち一人ひとりが持ちより、読み進めました。その新聞には、12日の参議院議員の選挙結果や首相退陣後の政局の動向についても書いてありました。もちろん、親と一緒に選挙に行ったりした子もいて、選挙に関心は持っていました。ここで子どもたちに考えさせたいのは、新聞各社の世論調査が大きくはずれたことです。今回は、そんな報告です。

 黒板に張った、7月13日朝刊の「朝日」「読売」「毎日」の見出しは「自民惨敗 首相退陣へ」でした。 参議院選挙前の「朝日」「読売」「毎日」の世論調査を報道した紙面を用意しました。それぞれの一面トップの見出しは、「自民、過半数回復困難か」(「朝日」7月7日朝刊)、「自民 現状ラインの攻防」(「読売」7月8日)、「自民伸びず改選の61程度」(「毎日」7月7日)です。自民党が大きく議席を減らすことと民主党が大きく議席を伸ばすことは予測していません。
 14日の学習では、その一面を黒板に張って終わりました。その次の日、15日の「朝日」のメディア欄に、「世論調査も惨敗?」の見出しで、在京6紙と共同通信の世論調査の分析をしています。そして、「主要党派の獲得議席数と新聞・通信社が世論調査などをもとに出した予測」が載っていました。
 4年生ですから、世論調査の難しい話は無理です。まず、新聞社の世論調査は有権者のどのくらいの人数で調査するのか、探してみました。「朝日」93600人、「読売」61200人、「毎日」80000人とありました。
 そして、「主要党派の獲得議席数と新聞・通信社が世論調査などをもとに出した予測」をOHC(実物をテレビに映すもの)でテレビに映し、予測と実際がどのくらい違ったか、具体的な数字で考えてみました。
 新聞には、いろいろな世論調査の報道があること。選挙前には、このような世論調査があるが、必ずしも予測が当たるわけではないことを、子どもたちは、少しだけ学んだのでした。
 

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 ベネズエラからのお客様
 国際児童図書評議会(IBBY)は、朝日新聞社の協賛を得て、1988年より「IBBY朝日国際児童図書普及賞」を設けています。世界各地の恵まれない子どもたちに、子どもの本を手渡し、読書の楽しみを知ってもらう努力を長年にわたり続けてきた団体に贈られる賞です。
第1回の受賞団体、ベネズエラの「バンコ・デル・リブロ」(本の銀行)の代表、カルメン・ディアナ・デアルデンさんが、日本でのシンポジウムに参加後、7月2日に初等科を訪ねて下さり、4年生の子どもたちの視野を広げて下さいました。
 NIEは新聞という活字メディアを通して、視野を広げる活動だと考えています。読書も本という活字メディアを通して、視野を広げる活動と捉えるならば、共通したものがあります。NIEと読書の関係をもっと密接なものにするにはどうしたらよいかを模索していた私にとっても、デアルデンさんの訪問で、何かヒントが与えられたように思います。
 前々回まで、4回にわたり紹介させていいただいたように、子どもたちは、ワールドカップから世界に目を向ける学習に取り組んでいました。デアルデンさんとの出会いは、その学習の続きです。ベネズエラは地球儀で見ると、日本とほぼ裏と表の位置にある、サッカーの盛んな南米の国です。新聞からだけでなく、人とのコミュニケーションにより、異質な文化を吸収することができるチャンスです。子どもたちも当日までに、自主的にベネズエラのことを調べていました。
 最初に20分、ベネズエラの文化やデアルデンさんのお仕事、「 本の銀行」の話がありました。デアルデンさんが英語で話すのを、通訳の人が日本語にします。それから、ベネズエラの童話「ほたるとのばら 」と、日本でも翻訳して出されている本を使い、デアルデンさんはスペイン語で、通訳の人は日本語で区切りながら読み聞かせて下さいました。
 後の60分の時間は、子どもからの質問に丁寧に応えて下さいました。「本の銀行」への質問がいろいろありました。移動文庫といい、地方の子どもを対象に、自動車や舟を山岳地帯ではロバを活用して巡回しているそうです。「この仕事をしていて、一番嬉しかったことは何ですか」との質問に、ある地方で、移動文庫の自動車に、理解を示していない大人たちが石を投げつけた時、子どもたちが車の周りを囲み、本を守ってくれたことだそうです。活字に囲まれながらも、活字離れを起こしている日本の子どもたちに大きな問題を投げかけて下さいました。ある子どもは、「お話を聞いて、本はとても大事だなとよくわかりました」と書いています。
 この話を聞きながら、95年9月スウェーデンのストックホルムでの第1回国際NIE大会で、南アフリカの新聞界の方が、NIEを進めるために子どもたちに新聞を提供するための努力について語っていたことを思い出しました。 活字メディアを子どもたちに親しませるために、NIEでも読書でもアイデアを出し、実行することが、大人の役割だと、デアルデンさんと出会い強く感じました。

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田中基之記者にインタビュー
 総合的な学習「ワールドカップから世界が見えるよ」で、子どもたちが読んだ記事によく登場した、朝日新聞社運動部記者、田中基之さんに初等科に来ていただき、4年生の子どもたちとコミュニケーションをとっていただきました。
 子どもたちは、こんな質問を田中さんにして、こんな答えがかえってきました。その一部を紹介します。
 「W杯取材で、一番うれしかったことは何ですか?」
 「監督や選手に直接話ができ、取材できることです」
 「田中さんが泊まるところはどうしたのですか?」
 「ホテルを自分で申し込みました」
 「日本代表の選手で、一番好きな選手は誰ですか?」
 「すごいと思うのは中田選手で、好きなのは中山選手です」
 「何試合取材したのですか?」
 「全部で64試合ありましたが、35試合取材しました」
   「W杯取材で、一番心に残った国と選手は?」
 「人口が400万人で、紛争があって大変だったクロアチアとボバン選手です」
 「日本の女子高校生はボバン選手が出られないことを喜ぶ日本のテレビや新聞を批判していることを記事にし、そんな女子高生がいることをボバン選手に伝えたいと書いていましたが、伝えましたか?」
 「日本対クロアチアの試合後、大勢取材する人がいて、残念ながら伝えることができませんでした」
 「外国の選手を取材する時、言葉はどうするのですか?」
 「英語を話す選手には英語でします。クロアチアの選手の取材はクロアチア語の通訳を頼みます」
 「入場のチケットがないと問題になっていたのに、取材の席はどうしてとれたのですか?」
 「このプレスカードがあれば、どの試合でも取材できます。決勝の試合でも、2000の記者席がありました」
 「一番心に残った試合は?」
 「準決勝のブラジル対オランダの試合です」
 「記事を書く時の秘けつは?」
 「自分が読んでうまいなと思う記事をノートに貼って、そこから学びます」
 「取材で行った一番遠いところはどこですか?」
 「アフリカのチュニジアです」
 そのほか、「取材で危ない目にあいましたか?」「私は絵本作家になりたいのですが、文章を書く練習はどうしたらいいですか?」「インタビューする前はどきどきしますか?」「三浦選手が代表からはずれたことをどう思いますか?」「日本のサッカーは世界からどう見られていますか?」などなど。たくさんの質問に答えて下さいました。
 ある子どもが、「記者として、私たちにしてほしいことがありますか?」という質問をしました。田中さんが「読者として、その記事をどのように感じたか伝えてほしい」と答えて下さいました。
 一方通行ではなく、メディアにおける双方向の可能性をNIEはもっと探っていくべきだと強く感じました。

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プレゼンテーションとディベートで多様な価値観を
 ワールドカップ、参議院議員選挙、ベネズエラからのお客様、朝日新聞運動部の田中基之記者への取材など、今一緒に学習している4年生の子どもとのNIEの報告が7回ほど続きました。
 私のNIEアラカルトの連載では、諸外国のNIEの実践と私の今までの実践を重ねあわせて話題を提供していく予定でした。これからこの予定に沿った報告を再開します。ただし、子どもと一緒に取り組んでいるNIEでおもしろい話題については、随時報告します。                                     1995年4月、米国サンディエゴの公立ルイス中学校では、日本の3年生にあたる43人が、アンダーソン先生の「20世紀」というテーマを設定した社会科の学習を選択していました。
 この日の課題は「女性」です。政治や法律、スポーツ、歴史、芸術などグループごとにテーマが与えられ、女性に関連した記事を探します。探した記事を切り抜いて紙に貼り、そのグループでコメントを書き、グループごとに発表します。短い時間で引き付けるまとめ方をしていました。
 グループごとの発表で、アンダーソン先生は「どう思うか」と皆に返します。討論を通し、必ずしも結論を出すのではなく、自分の考えの根拠をはっきりさせることがねらいだ、とアンダーソン先生は言います。
 97年1月、5年生の子どもと一緒に「新聞のまちかど」というテーマの学習をしました。 その日の在京6紙朝刊から、自分が読みたい新聞を選びます。その紙面から自分のトップニュースを探します。国内、国外の電子新聞のホームページの構成やレイアウトを参考にして(ホームページは廊下の掲示板に張ってあります)、自分のトップニュースに自分なりの要約や考えをB4版の画用紙数枚に書きます。
 同じ新聞を選んだ子どもたちでグループをつくり、その中でお互いプレゼンテーションをします。そして、グループの代表がクラス全員の前で、プレゼンテーションをして、皆で討論をしました。
 グループの代表が発表したトップニュースは、「アラファト議長がヘブロンを訪問」「発明にもある男女の差」「メーカー責任明確化へ」「宗家文庫をめぐり古文書騒動」「東京シティーハーフマラソン(車いす男子の部)で神戸出身の広道さん3位入賞」「忘れられた震災老人」など多様でした。
「発明にもある男女の差」を発表した子どもは、女性は身近な工夫やひらめきで勝負するが、男性は大物をねらおうとするためあまりヒットしない、といった内容をイラストも入れて発表し、楽しい雰囲気がありました。
 プレゼンテーションの工夫により、お互い多様な価値観を吸収できるのです。
 アンダーソン先生はディベートもしているということでしたが、学習のようすは見ることができませんでした。
 私はこれからの教育にとって、ディベートの果たす役割は大きいと思います。ディベートに新聞の情報を活用すれば、子どもたちの視野が広がっていくのではと考えています。
 初等科では、6年生のカリキュラムに「情報活用」の時間があります。情報や現実に起こった出来事について、教師と子どもでテーマを設定し、ディベートを行います。私が担当した94年度のテーマは、次のようなものでした。
「本を無理に読ませることはよくない」
「読書感想文は必要ない」
「漫画を図書室に入れることはよいことだ」
「テレビからの情報があれば新聞はいらない」
「広告は消費者を惑わすものである」
「テレビコマーシャルは新聞広告より効果がある」
「家庭でテレビ番組を規制することは当然である」
「愛知県で起きたいじめ自殺は学校に責任がある」
「子どもの権利条約は絵に描いたもちである」
 肯定、否定を振り分けられた4人ずつのディベーターが、テーマについて1週間ほどリサーチをします。このリサーチの過程で、新聞その他の情報を収集、整理し、そして、発信するのです。
 ディベートはゲームです。肯定、否定は機械的に振り分けます。リサーチで調べる力がつき、相手の立場を十分踏まえて、多様な価値観の形成に大きな役割を果たすのです。
 プレゼンテーションもディベートも多様な価値観を形成し、NIEの学習をより深めてくれるキーワードなのです。

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現場を訪れ、実物を教室に
  教師の好みによって切り抜いたものを、印刷して教材として配布するのではなく、新聞を丸ごと活用することが、欧米のNIEの基本型です。ここには新聞が教材として役に立つということだけではなく、情報を読み取り、自分で判断する能力としてのメディアリテラシーのNIEがあります。
 しかし、日本ではどの教室でも一人一部ずつ新聞を持って学習することは、簡単なことではありません。また、多くの先生方によって、新聞の切り抜きを活用してきた歴史があります。切り抜き活用をどのようにメディアリテラシーと関連づけるか、考えてみます。
 1992年8月、オーストラリア、シドニーの私立インターナショナルグラマースクールの高校では、環境に関する新聞の切り抜きのコピーを学習材にしグループで討論して、新聞紙面のレイアウトを参考にしながらグループの考えを表現していました。 切り抜きから、討論、表現への過程は、切り抜き活用として参考になります。
 新聞の切り抜きを子どもたちに提示することも、やり方によってはりっぱなNIEになるのです。度々はできませんが、私は、切り抜きを提示する時、その記事の現場を訪れ、記事に関する実物を手に入れ、一緒に提示することがあります。
 NIEはメディアリテラシーです。記事に関する実物を教室に持ち込むことにより、記事を点検することの大切さを子どもたちに考えさせるのです。
 1992年8月8日の「朝日新聞」朝刊に、「8カ国語で入浴法PR」の見出しで、「銭湯に入るときの注意事項を日本語、英語、朝鮮語、中国語、ペルシャ語など八カ国語で書いたポスターが、東京都の銭湯に掲示されている」という記事がありました。
 近くの銭湯にさっそく行くと、そのポスターが張ってありました。銭湯を経営しているおばさんに、「教室で使いたいので、もらえませんか?」とお願いすると、「またもらうので、どうぞ」と、気持ちよく下さいました。 このポスターは、当時、日本国内が国際化しつつあることを、子どもと一緒に考えることができるきっかけになりました。
 その年は、2年生を担当していました。バルセロナオリンピックの記事から、国際理解への学習をしていました。国内も国際化していることの1つの事象として、このポスターを提示すると、子どもたちは大変興味を示しました。「同じようなことはないだろうか」と呼びかけると、電話ボックスやお店での文章を分かる範囲で調べてきました。
 90年2月10日「朝日新聞」夕刊には、「バレンタイン はてなき商魂」の見出しで、ペット用まで登場したことなどを紹介。「『横浜そごう』では、バレンタインに合わせて、新製品の犬、猫用カップめん『ワンメン』『ニャンメン』を売り出している」の文章には、びっくりしました。
 この時は、5年生を担当していましたが、バレンタインの宗教的な意味などもう少し背景を調べてからと思い、翌年、6年生の国際理解の学習として、使いました。「日本の常識は、世界の非常識?」という課題を設定し、その中の1つとして、「バレンタインデーって何なの?」というテーマで、2月14日に学習しました。
 その少し前に、横浜そごうで、犬用の「ワンこいめん」、猫用の「ニャンこいめん」やペット用のチョコレート、ビスケットを買い、用意しました。当日は、昨年の「朝日新聞」の記事にあった、「イヌ、ネコのペット用バレンタインコーナー」の写真を朝日新聞社で拡大してもらったものを一緒に提示しました。子どもたちは、びっくり。テーマについて考える、いい学習材になりました。
 実物が手に入らない時は、写真、ビデオ、デジタルカメラなどで撮り、記事と一緒に提示すればいいのです。記者と同じように、教師も子どもも現場を訪ねることも、メディアリテラシーとしてのNIEの1つの方法だと思います。

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日曜版はサプルメントのさきがけ
  米国の新聞社では、サプルメントという時事問題、イベント、ある国の紹介、歴史上の人物などを取り上げた、タブロイド版の新聞を作成し、教室で活用しています。私が見たサプルメントでは、「環境問題」「オリンピック」「日本」「キング牧師」などの特集がありました。
 これらのサプルメントでは、イラストや地図を上手に活用し、文章も分かりやすく、子どもの視点に立っています。新聞は、子どものために作ってはいません。ですから、サプルメントは子どもと新聞をつなぐ大切なかけ橋になっています。
 日本の新聞界でも、いくつかの社で、「遺跡」「長野オリンピック」「環境問題」などのテーマで作成し、日本新聞協会(現在、NIE関係は、日本新聞教育文化財団に移行)も「新聞はみんなの友だち」という、主に新聞ができるまでの過程を紹介した、タブロイド版の新聞を無料で配布しました。
 朝日新聞社も、「三内丸山遺跡 謎学への招待」第1集、第2集、「『愛と参加』の長野五輪」、「黒塚古墳・キトラ古墳」を、今のところ発行しています。もちろん、無料です。
 このサプルメントは、実際の新聞と同じ大きさです。文章は比較的易しく書かれていますが、申し込みが、小学校から大学まであるように、小学校では少し難しそうです。
 ただ、米国のサプルメントのように、イラストや地図や写真を効果的に活用しているので、小学生でも、楽しみながら活字に触れ、社会に目が向けられます。
 97年度、6年生を担当していました。「三内丸山遺跡 謎学への招待」「『愛と参加』の長野五輪」を配りました。配った後は、少しの間、子どもたちが自由に見る時間を作ります。「三内丸山」は歴史について、「長野五輪」は、スポーツのもつ社会的な意味についての関心を、少しだけ引き起こすことができたと思います。
 また、他の新聞社のサプルメントも使い、グループを作り、子どもが先生役になって、他の子どもを教えるという試みもしました。サプルメントは、子どもたちが親しみを持ちやすいので、お互いに学び合うための学習材になるのです。
 ところで、朝日新聞の日曜版は、使い方によればそのサプルメントにもなるということです。
 私のNIEのスタートは、1981年です。82年4月から、朝日新聞の日曜版のフロントページに連載された「原田泰治の世界」は、日本各地のくらしを、原田さん独自の絵と文で紹介していました。絵については全くセンスがない私も、毎回興味深く鑑賞しました。その「原田泰治の世界」を、83年に4年生を担当した時に、社会科の学習として活用したのです。
 4年生の社会科では、「いろいろな土地のくらし」について学習します。土地の高いところ低いところ、冬気温の高いところ低いところによって、いろいろなくらしがあることに目を向けるものです。
 「原田泰治の世界」は、子どもたちに、日本各地のくらしに関心を向けるのに、格好の学習材になりました。廊下の掲示板に、発行されたものから、その場所を日本地図に書き込みながら張ったり、ある程度集まると、地域ごとに提示して、その絵からくらしぶりを考察したりしました。子どもたちは、楽しい絵に関心をもち、日本にもいろいろな土地があり、いろいろなくらしがあることに気づいていったのです。
 88年4月から連載された「新どうぶつ記」は、世界のいろいろな野生動物をその生態と共に、人間とのかかわりを考えさせてくれるものでした。
 88年、2年生を担当し、この「新どうぶつ記」を使い「世界の動物 ほんと・うそクイズ」をしました。「新どうぶつ記」の内容を、ほんとかうそのクイズにして、掲載されている動物の写真と共に提示し、楽しみながら、世界の動物の生態と人間とのかかわりに目をむけさせる試みでした。


 第1回のマウンテンゴリラでは、次のようなクイズにしました。
①マウンテンゴリラは、たけのこをかじり、「ハリハリ」と音がする?
(ほんと)
②オスが胸をたたくドラミングは、うれしいためである?
(うそ)おどかすためである。
③背中が銀色に光る「シルバーバック」と呼ばれるものは、メスのおとなの特徴である?
(うそ)オスのおとなの特徴である。
④マウンテンゴリラはアフリカの一部にしかいない?
(ほんと)
⑤マウンテンゴリラは自然に、減ってしまった?
(うそ)観光客が増え、おみやげのトロフィー(頭を壁に飾る)用に、こっそり獲られてしまった。
⑥マウンテンゴリラがすんでいる近くの子どもたちは、ゴリラのすみかを広げるため、木を植えに行っている?
(ほんと)
 クイズの問題と答え、その簡単な解説を後で配ったので、家庭では、子どもがクイズを出し、家族で楽しんだという話を聞きました。

 

 当時話題になっていた地球の環境問題について、野生生物を通して考えることができたようです。
 日曜版「原田泰治の世界」も「新どうぶつ記」も、子どもたちの世界を広げるサプルメントのさきがけだったのです。

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家族で学びあう
 欧米のNIEは学校だけではなく家庭でも行われています。家族で行うNIEをファミリーフォーカスと呼んでいます。これからの時代は、学校だけが教育の機関ではなく、家庭や社会への期待が高まっています。このような時代に、ファミリーフォーカスは大きな役割を担うものと思われます。
 1992年5月、米国のいくつかの学校と新聞社を訪れ、NIEの実際の姿を見聞することができました。この期間中に「国際NIEの日」がサンフランシスコで開かれ、ノルウェー新聞協会のヤン・ステイン氏が昼食会のスピーチでファミリーフォーカスについて述べられていたので、後に時間をとっていただきノルウェーの実状を伺いました。米国のファミリーフォーカスに影響を受けながらも、ノルウェー独自のプログラムを開発しているようでした。学校に親と子を集め、子どもに読みたい新聞を選ばせ親子で読み進めることを指導して、各家庭で進めているそうです。
 発祥の地米国の新聞社、メンフィスのコマーシャルアピール社では、「ラーニングリンクス」という小学校低学年の子どもからできる、ファミリーフォーカスのガイドブックを作成し、実践していました。
 95年9月、スウェーデンと英国でファミリーフォーカスの実際の姿に触れることができました。ストックホルムの公立ヘルスコーラン小学校で、ハンセン先生の5年生19人のNIEの学習を見ましたが、ファミリーフォーカスをしている二人の子どもの家庭に、土曜日の午前中招待されました。
 2つの家庭とも、休日の朝食のあと家族で新聞を読み、親子で人権や社会・福祉問題を話し合っているようです。一人の女の子の家庭では、パソコンがありインターネットでの電子新聞を読んでいるようで、その子もパソコンに興味をもっているとのことでした。
 この2つの家庭を訪ねる数日前、ストックホルムでの国際NIE大会で米国のノースカロライナ州のニューズ・アンド・オブザーバー社が、インターネットでのNIEの報告をしていたので、欧米ではもうインターネットでファミリーフォーカスなのかと考えてしまいました。
 バーミンガムの公立ボルドメーア幼児学校(4~7歳)では、前記のノルウェー新聞協会のステイン氏の進め方に近いものでした。母親が学校でNIEの勉強をして、自宅でファミリーフォーカスをするのです。幼児学校を卒業した7、8歳の子どもとその母親に話を伺うことができました。天気とかスポーツとかテーマごとの切り抜き帳、写真や記事で絵をつくるなどの作品づくりに親子で取り組むのだそうです。
 ある母親は「せいぜいマンガを見るくらいだったのが、天気・スポーツ・一面と、社会の事に関心をもつようになった」と言います。どんなところが面白かったか、子どもたちに聞くと「言葉をひろって新聞につける」「天気予報図をつくること」「スポーツの写真や記事を貼ること」というような答えが返ってきました。
 95年度は2年生を担任していました。夏休み前に新聞写真からいろいろなことが分かることを子どもと一緒に学習しました。夏休みに親子で新聞写真を見て話し合い、感じたこと考えたことを書くという課題(やってもやらなくてもいい)を出しました。親子で「野茂投手」「東名高速道路での事故」「落雷」「猛暑」などの写真を基に話し合っていました。
 ファミリーフォーカスをして、母親のこんな感想がありました。「今まで、まったく新聞に無関心だった娘達が興味をもち、世の中の出来事に目をむける姿勢をもてたという事は、親として大きな喜びであり、娘の成長の糧となりましたので、今後も細く長く続けていきたいと考えております」「これからも、無理なく自然に新聞を開き、親子で話し合う時を多く持っていければと思っています」。
 夏休み後も「北京動物園のパンダ」「東京国際女子マラソン」「両目に接着剤をつけられた子犬」などの話題を切り抜いて、親子で話し合い、コメントをつけ、みんなに発表していました。
 「細く長く」「無理なく自然に」という母親の言葉は、NIEの原則だと強く感じました。

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開かれた教室へ
 日本の教室は、閉鎖的であるとよく言われます。「NIEは1つの教育改革である」と、日本で発足の当初、ある新聞界の方が話していたことが今でも印象に残っています。「開かれた教室」、これがNIEによる日本の教育改革の1つと考えています。
 1995年3月、米国サンフランシスコの公立マリーナ中学校では、クラスの友達にとけ込めない子どもたちのために、NIEが実践されていました。その教室には、先生の他母親がボランティアとして、子ども達を指導しているのです。
 同じ時期に訪問したシアトルの公立オリンピック・ヒルズ小学校では、同じ校舎にある幼稚園から5年生まで(小学校は5年まで)、すべてのクラスでNIEに取り組んでいましたが、シアトルの新聞社のコーディネーターが教室に入り、先生方の相談にのっていました。
 95年ノルウェー、オスロの公立カンペン中学校でも、ノルウェー新聞協会のコーディネーターが教室に入り、先生と一緒にNIEの学習を手伝っていました。
 同じオスロの公立ハイネンホール中学校では、大学でメディアを研究している先生が、1年間子どもたちにNIEの授業をしていました。
 このように欧米のNIEの教室では、先生だけではなく、親や新聞界のコーディネーター、大学の先生が子どもたちを指導している姿を見ることができました。
 日本において、NIEで「開かれた教室」をつくる現実的な方法は、新聞記者に教室にきてもらうことです。この方法はよく行われています。
 92年、2年生を担任しました。バルセロナオリンピックを通して、世界に目を向ける学習をしましたが、日本に駐在しているスペイン通信のドミンゲス・カルロスさんに教室に来ていただき、スペインや日本のことを子どもたちがインタビューしました。いろいろな人との出会いから子どもたちの世界は広がっていきます。新聞界には実に豊富な人材がそろっています。
 人に協力してもらう以外に、教室環境の工夫により「開かれた教室」を創ることもできます。
欧米のNIEの教室は、実に環境の工夫が見られます。とにかくカラフルで、楽しいです。今まで紹介してきた欧米の学校は、みなそうでした。また、多くの学校では、教室に世界地図が張ってあります。
 私は、NIEの教室環境として世界地図を大切にしています。NIEと国際理解とのつながりを特に考えてきたこともあり、世界に目を開かせることに、世界地図は大きな役割を果たします。
 私は、低学年でも高学年でも、教室に世界地図を張ります。日本が真ん中にあって、赤く塗られているものだけでなく、日本が右端にある地図、米国が真ん中にある地図、北半球と南半球が反対になっている逆さま地図、北極が中心になっている地図や、中国語、韓国語、ポーランド語で表記されている地図、絶滅の危機にある野生動物の地図なども必要に応じて張ります。地球儀も教室に置いておきます。ある国や都市が話題になった時、世界地図や地球儀で場所を、子どもと一緒に探します。
 90年、6年生を担当しました。この子どもたちは、5年生の時から、「私は迷(?)ニュースキャスター」といい、国内、海外の出来事や文化・社会のことを新聞から探して、自分なりの解説や考えを書き、皆の前で発表することをしていました。この「私は迷(?)ニュースキャスター」は、86年に、初めて試みたものです。
 6年生になり、教室環境を自分たちで自由につくっていましたが、NIEとして、次のようなことを、子どもが自主的にアイデアを出して、実行していました。
●世界のリーダー地図
  新聞から世界の政治的なリーダーを選び、その似顔絵と国の形を書き、掲示板に張る。
●世界のニュース地図
  世界各地のニュースを紙に書き、自分たちでつくった北極を中心にした世界地図に張る。
●世界のニュースカレンダー
  世界各地のニュースを1日1つ選び、画用紙にどのようなニュースか書き、写真も一緒に張る。
 楽しく世界に広がる教室環境を、子どもたちが自主的につくることも「開かれた教室」の1つです。
 2002年から導入される「総合的な学習」では、「開かれた教室」がキーワードになり、NIEの多様な活動は大きな役割を果たすことでしょう。
 次回から2回、「開かれた教室」の1つの方法である、インターネットでのNIEの実践を報告する予定です。

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電子メールで特派員に取材
 子どもたちに、今までにない大きな可能性を提供する道具が表れました。インターネットです。
 しかし、インターネットが万能であるとは考えていません。1998年12月には、インターネットを通して青酸カリを手に入れた女性が自殺するという、匿名で情報を発信することの問題がありました。4年生でも、インターネットの活用方法と共に、匿名性や著作権について考える学習をしました。
 国際化、情報化の時代に、新聞・テレビ・インターネットなどを相互に効果的な活用を図っていく「メディアミックス」の考えが、大人も子どもたちにも大切だと思うのです。
 私が、インターネットでのNIEを初めて聞いたのが、95年9月、ストックホルムで開かれた国際NIE大会での、米国、ノースカロライナ州のニューズ・アンド・オブザーバー社の報告でした。
 同じ時期に、オスロの新聞社、ベルデンス・ガングのメディアセンターを訪れました。ここでは、子どもたちが自分で取材して、新聞づくりの疑似体験をするのです。パソコンが7台あり、その画面に編集長が登場し、子どもたちに取材の指示をするのです。同じコーナーに、市役所やスポーツ選手がいる場所などのセットがあり、子どもたちはこのようなセットで取材し、記事を書くのです。日本の子どもたちの新聞社見学との違いがとっさに頭に浮かぶと同時に、パソコンを活用してのNIEの可能性を教えられました。
 98年12月に、初等科でも20台のパソコンからインターネットに接続できるようになりました。それ以前でも、子どもが自由にパソコンを使ったり、ノートパソコンにPHSでインターネットに接続し新聞社のホームページを見るという部分的な取り組みはしていました。
 インターネットのメリット、双方向を子どもたちに体験させるために、4年生の子どもたちが、まず取り組んだのが、電子メールで特派員に取材してみようというテーマでした。
 89年11月に、5年生が「世界にいる日本人特派員に手紙でインタビュー」という学習に取り組みました。「朝日」「読売」「毎日」「日経」「産経」の特派員、16名から返事をいただきました。
 その先輩のインタビューを参考にして、今回は電子メールで、「それぞれどんな都市ですか」「特派員としての1日を教えて下さい」「日本に送った記事で一番印象に残っているものは何ですか」の3つの質問を、朝日新聞のニューヨーク、サンパウロ、北京、シドニー、パリ、ナイロビの特派員に送り、返事をいただきました。
 12月2日の午後1時に送りましたが、北京からは午後5時に、ナイロビからも午後8時にメッセージが届きました。届いたメッセージはプリントアウトし、子どもたちに配りました。お礼も電子メールで送りました。
 それぞれの都市や国のようす、特派員の仕事などに子どもたちが関心をもってくれればと思います。メールの中で、話題になったほんの一部を紹介します。
 「ブラジルは世界で一番、人種差別がない国だといわれているほどで、やさしくて親切な人が多く、くらしていても気持ちのいい国です。一番暑くなる2月にはカーニバルもあり、町中にサンバの音楽が響きます」
 「私は、ナイロビ特派員として、ケニアだけでなく、アフリカにある国を大きな国から小さな国まで48カ国についてせきにんをもっています。だから、ケニアだけでなく、アフリカの国でおこるいろいろなことをいつもしゅざいしています」
 「これまでに印象に残る記事では、今年(98年)11月14日に書いたアボリジニーの女子陸上選手の話です。アボリジニーはオーストラリアの原住民で数万年前からオーストラリアに住む先住民ですが、英国からの移民が始まってから、銃殺されたり、白人が持ち込んだ病気で次々に死亡し、人口が激減した民族で、現在は37万人の人口があります。この女性選手は『民族の歴史を誇りに走り続けたい』と話しています。シドニー五輪の聖火リレーの第一走者に選ばれています」
  ある子どもは、それぞれの特派員の印象に残っている記事を図書館で集め、その記事に自分の感想を書き込み、それぞれの国の概要を、インターネットのホームページ「こねっと・ワールド」から収集したものを付けたレポートを提出しました。
 電子メールでの特派員への取材は、子どもたちの目をさらに世界に広げてくれたのでした。

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小学生の「卒業研究」
 初等科では、社会科のカリキュラムにNIEがあります。4年生では「新聞とあそぼう」、5年生では「新聞を読もう」、6年生では「新聞で研究しよう」というテーマで学習が進められています。また、5年生の社会科と理科には「自由研究」があり、社会科的なテーマと理科的なテーマをそれぞれ子どもたちが選択し、研究に取り組みます。どちらの研究にも、新聞に親しみ始めた5年生の子どもたちが、自分の力で新聞を資料として活用しています。さらに、6年生には「卒業研究」が時間割に入っています。これは、1994年の4月からです。やはり多くの子どもたちが、新聞を資料として活用しています。
 新教育課程では、「総合的な学習」が注目されています。「総合的な学習」では、テーマを設定し、①情報を集める→②調べる→③まとめる→④報告、発表、討論する、という展開が期待されます。「卒業研究」は、教師や子ども同士のアドバイスを受けながら、一人ひとりが自分の力でそのような学習を展開していくものです。今回は、そんな話題です。
 97年度に6年生を担任した時の「卒業研究」で、新聞を資料に活用した研究を、43人の内31人が取り組んでいました。次のようなテーマがありました。
  「育てゲーム ~私は立派なお母さん~」
  「高齢化社会 ~おじいさん・おばあさんの時代」
  「臓器移植 ―脳死は人の死?―」
  「環境と色 町の色を調べる この色似合う?」
  「知っているようで知らない税金を探る」
  「地震に自信をもとう!」
  「ホスピス ~末期患者のケアとプログラム~」
  「人間の心の育ち方 ~偉人の心・私の心~」など。 
 一人ひとりの子どもが研究テーマを設定し、約10ヶ月かけて追求するのです。テーマによっては、アンケート、インタビュー、フィールドワークなどをしたり、インターネットも活用したりしています。もちろん、学校だけではできないので、休日や夏休みに資料を収集したり、体験をしたりしていました。

 この卒業研究は、次のような学習過程をとります。
 (1)研究計画をたてる(4~5月)
 (2)資料を収集する(6~8月)
 (3)資料で調べる(9~11月)
 (4)研究をまとめる(12~1月)
 (5)研究を展示する(2月)
 (6)研究を発表する(2月)

 「高齢化社会 ~おじいさん・おばあさんの時代~」を研究した子どもは、研究を終えて、次のように書いています(後書きの一部から)。
 「金銭的、家族的に恵まれている高齢者もいますが、そうでない方も沢山います。そういう弱い立場の人を見守ってあげられるような行政が行われる社会になってほしいと思いました。私も今までもお年寄りに親切にするよう心がけていましたが、疑似体験をした事によって、お年寄りの状態を実際に感じる事ができ、お年寄りへの接し方を改めて考え直せました。これからも、新聞やニュースなどでやっている高齢者問題に耳をかたむけ、私なりに高齢化社会を考えていけるといいと思います」
 子どもたちがどのようなテーマを設定しても、社会や自然や言語などへの関心がその研究を追求する原動力になっていると思います。関心を持ち続けることにNIEは大きな役割を果たしています。さらに、引き続きそのテーマについて考えていこうという気持ちを持たせることにもNIEは貢献しています。小学生の「卒業研究」を支えているのは、NIEだったのです。

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アジアのNIEに目を向ける
 世界新聞協会の第4回世界NIE調査によると、1997年現在、世界の35ヶ国でNIEが行われています。私のNIEアラカルトで紹介してきた米国、スウェーデン、ノルウェー、英国、オーストラリアのような国々のNIEに学ぶと共に、これからはアジアのNIEに目を向けたいと思います。世界NIE調査によると、日本、韓国、インド、インドネシア、シンガポール、タイ、マレーシアがアジアでNIEを行っています。
 96年11月、韓国言論研究院に招かれ、ソウルで開かれたMIE(メディア・イン・エデュケーション)研修で、「日本のメディア教育」というタイトルで話をさせていただきました。日曜日の午前中、韓国の熱心な先生方と3時間休みなく、コミュニケーションをとることができました。
 翌日、ソウル近郊高陽(コヤン)の城底(ソンチョ)初等学校1年生の教室で、NIEの学習に触れることができました。担任の李貞均先生は、韓国のNIEを引っ張る存在でした。
 子どもたちは、家庭で購読している新聞を持ち寄って、ビンゴで新聞に親しみました。そのビンゴには、「9.新聞で見た外国の記事を1つ書きなさい」「11.新聞で国名を3つ探してみましょう」というような指示が書いてあり、子どもたちは、一人一部新聞を持ち、ビンゴに書き込んでいました。
  また、テレビ、テープレコーダー、新聞を使い、映像と音と活字の違いについても学んでいました。ビンゴでのNIEの実践は日本にもあります。世界のいろいろな国で学べるNIEの学習材を共同で開発したらおもしろいなと思いました。
 校長先生、李先生と一緒に、学校近くの焼き肉屋さんで昼食をとりながら、教育やNIEのことを語ることができました。
 私が初めて韓国を訪ねたのは89年です。その時、軍事境界線にある板門店に行き、一つの民族が分断されている姿を目の前で見ました。近くて遠い国とされてきた韓国の先生と数年後にNIEという共通の場でコミュニケーションできたことに喜びを感じました。そして、李先生と、2002年の韓日ワールドカップ共催に向けて、韓国と日本で一緒に学びあい、NIEプログラムを作成しましょうと行って別れました。その夢が実現しそうです。
 99年3月28日にソウルで、韓日NIEワークショップが開かれます。私も「インターネットとNIE」というテーマで話題を提供します。その前日には、小学校でのNIEの学習を参観できそうです。これをきっかけにして、韓日のNIE国際交流に発展できればと思います。そして、他のアジアの国々のNIEとの交流を模索していきたいと考えています。
 いつか、子ども、親、先生、新聞界などが一緒になった国際的なNIEの交流が生まれることを希望しています。
 今年度4年生は、総合的学習「ワールドカップから世界が見えるよ」に取り組みました。新聞、テレビ、インターネットなどのメディアや、インタビュー、テレビ局のフィールドワークを通して、国際理解や情報について学びましたが、2002年にワールドカップを日本と共催する韓国に関心を持つ学習を最後にしました。韓国、そして、世界のいろいろな国の文化や生活や出来事に、日本の子どもたちが関心を持つことにNIEが役立つことを期待します。
 私のNIEアラカルトは今回が最終回です。98年4月から23回の連載中、拙い文章をお読みいただきありがとうございました。

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アンカー 21
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