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『教育格差-階層・地域・学歴』 松岡亮二著


 


 本書は、2020年の新書大賞第3位となるなど、大きく注目されました。

 実は、私は本書で引用されている文献のうち十数本を編集しています。そうしたことから、本書の内容については少なからず既知の部分もありました。

 それでも本書は、大きな驚きでした。


 正直に言いますと、計量的な部分は読み飛ばしています。そこを批判的に読むことは私にはできません。その部分は、あくまでも正しいという前提で読んでます。

 また、それぞれの内容も多岐にわたりますので、ざっくりと感じたところをまとめてみました。


編集者的Point 1

 本書のテーマである「教育格差」は、非常に複雑な要素が絡み合っています。

 それは、学歴であったり、貧困等であったり、地域であったり、と実に様々です。

 本書で取り上げられている文献や先行研究の多くが、それらを個別に調査・研究したものです。その多さを見るだけでも、どれだけ多くの要素があるのか理解できるでしょう。

 私が本書から受けた最初の衝撃は、この膨大な研究をわかりやすく整理されていることです。松岡さんの編集能力(集めて編む力)には舌を巻きます。おそらく編集者としても超一流の仕事をされたのではないでしょうか。


編集者的Point 2

「はじめに」でいきなりクイズから始まります。

 これが上手い、そう思いました。そもそも本書を読もうとしたのも、出版社の紹介のところで、このクイズがあったからです。

 本を読むというのは、基本的には問題解決です。自分の中に次々と湧く疑問を解決しながら、本を読んでいます。ですから、この疑問の設定が、より深く読むための重要な鍵にもなりますし、意欲的に読むためのエネルギーにもなります。それを冒頭に投げかけるわけですから、読まずにはいれなくなります。

 小学校の授業では、授業の導入に、子どもがよい学習問題をもつよう工夫しますが、そういうもののようにも感じます。

 これは著者の工夫なのか、編集者の提案なのかはわかりませんが、上手い!と思いました。


編集者的Point 3

 本書の終盤の第7章では「建設的な議論のための4カ条」と2つの「提案」があります。

 非常に意義深く思います。現状をまとめ、課題を出すくらいの専門書は多くありますが、こういう形で提案があるのは、それほど多くはありません。

 特に「教職課程で『教育格差』を必修に!」には、完全に同意します。

 これについて、補足したいと思います。


「教育格差」はもう1つの特別支援教育だ

 私が小中学校に通っていた頃は、まだ特別支援教育という用語ではなく、特殊教育でした。小中どちらにも「特殊学級」があり、同級生の何人かが、そこで授業を受けていました。

 勉強ができない彼らを見ていて、普通に考えればわかるはずなのにと、すごく不思議に思ったこともありました。例えば小学校6年のときにカタカナの「ア」と「マ」がうまく区別できない友達がいました。それをみんなでからかったことを今でもよく覚えています(弁解しますが、彼とは仲も良く、その後もずっとつきあっていて、イジメとは違います)。

 今、こういう仕事をして分かったのは、彼らは何らかの発達障害をもっていたのだろうということです。そして、当時は、教師もその認識がなく、ただ「勉強ができない子」「勉強を怠ける子」と捉えていたのだろうと思います。

 それが今は通常の学級にも発達障害がある子どもがいることが認識され、特別な支援もされるようにもなりました。

 同様に、「教育格差」が原因なのに、学習ができないことを「個人の責任」にされてきたケースも、実は多くあるのではないかと感じています。

 その意味で「教育格差」はもう1つの特別支援教育だと考えます(ただし、障害のある子どものための「特別支援教育」と区別するための新たな言葉は必要です)

 「格差」の犠牲になっている子どもたちには、従来の教育だけでなく、特別な支援が必要でしょう。

 ですから、「教育格差」を教職課程の必修にすることで、多くの子どもが救われるのではないかと考えます。それは、学習面はもちろん、生徒指導、進路指導など、学校教育のあらゆる場面で意味をもちます。


本書を読むにあたって

 話題になっただけあり、知人ともこれについて話すこともありました。ただ、感じたところは、「格差」と「個人差」の混同も見られるということです。そこには注意が必要です。

 また、本書で紹介されているのは、あくまでも全体的な傾向です。教育政策やそれぞれの学校の教育目標などを設定するためには、非常に重要な視点ではありますが、目の前の子どもが、必ずしもそうとは限りません。

 実践者であるならば、目の前の子どもが実際にはどうなのかを、しっかりと見極めてほしいと思います。

 低SESの子どもだから、「大学へ行く気はないだろう」のように、逆に偏見を持つことがないようにもしなければなりません。


併せて読みたい

 本書で紹介された「教育格差」に立ち向かい、成果を上げている学校も多くあります。「効果のある学校」と言われるものです。

 そうした学校の取組を紹介している書籍も多く出ているので、併せて読むことをお薦めします。

 例えば同じちくま新書の次の書籍がお薦めです。


 志水宏吉著『公立学校の底力』筑摩書房、2008年

 


 「おわりに」で村上春樹がところどころ引用されてます。せっかくなので引用文献に村上春樹を記載してほしかったですね。教育の専門書の参考文献に村上春樹があるのもわるくはないと思います。

 「やれやれ。」


 

筑摩書房、2019年





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