何かの不思議にぶつかったら、「なぜ」と考えて追究してみること、実は、これが算数の本当の面白さなのです。あるいは「もしも~だったら」と考えてみること。きっと新しい問題にぶつかります。自分で問題を発見することになるからです。
これこそが、本当に「算数」を勉強するわけなのです。
あえて言わせていただくならば、われわれの今日の授業、とりわけ算数・数学の授業は、物的生産の過程にアナロジーを求めていたのではないか。学校・教室は一つの「工場」にみたてられ、そこから出来そこないの「人間計算器」がドンドン生産されていく――というのが、今日の算数・数学教育を風刺する、もっとも痛烈なカリカチュアーではなかろうか。
授業とは一体どんなプロセスなのか。教室というのはどんな場所なのか。われわれに「学校工場」以外の誇りうる授業や教室のイメージがあるのか。私自身にもまだそれがない。しかし、いまのところどうにもならない現状とは別に、しかも現状の厳しい批判に立って、新しい「授業観」と「授業論」を構築することは、今後の数学教育学の重要な仕事であろう。